【緋村剣心のモデル】人斬り・河上彦斎|勝海舟が語った彼の人物像とは



和月伸宏氏の漫画「るろうに剣心」の主人公として知られる緋村剣心は、多くのファンに愛されているキャラクターであり、数々のスピンオフ作品や実写映画などが制作され、彼の戦いは数々のエピソードを通じて語られてきました。

しかし、この緋村剣心の背後には、実在の人物「河上彦斎」という名の武士が存在しています。彼は幕末の時代に活躍した肥後熊本藩士で「人斬り彦斎」という異名を持っていました。

この記事では、緋村剣心と河上彦斎の関係や彦斎の生涯を通じて、その背後に隠された物語を紐解いていきます。

本稿の要点
  1. 緋村剣心は実在の人物・河上彦斎をモデルにしている
  2. 河上彦斎が幕末に活躍した肥後熊本藩士で「人斬り彦斎」という異名を持っていた
  3. 彦斎の生涯やその中での出来事、特に明治政府との対立や彼の処刑について
  4. 彦斎の死やその背景が「るろうに剣心」の物語やキャラクターにどのような影響を与えているか

緋村剣心のモデルとなった河上彦斎


「緋村剣心」と「河上彦斎」の名前を一緒に聞くことはあまりないことでしょう。そのため、二人の名前にどのような関係があるのかを詳しく知っている方も少ないかもしれません。

実は、緋村剣心のキャラクターは実在の人物である河上彦斎をモデルにしています。

  • 緋村剣心は「人斬り抜刀斎」
  • 河上彦斎は「人斬り彦斎」

と、同じような異名をそれぞれ持っています。

  • るろうに剣心のモデル・河上彦斎
  • 人斬り彦斎とはどのような人物か
  • 勝海舟が語った河上彦斎の人物像

るろうに剣心のモデル・河上彦斎

和月伸宏氏が原作の「るろうに剣心」は多くのファンに愛されている漫画・アニメ作品です。

その主人公、緋村剣心のモデルとなったのは幕末に活躍した肥後熊本藩士「河上彦斎」であると言われています。

彦斎は「人斬り彦斎」という異名を持ち、その名前の通り多くの人を斬ったとされています。しかし、彦斎の人柄や生涯には、多くの謎や伝説が残されています。

人斬り彦斎とはどのような人物か

河上彦斎の容姿に関しては「河上彦斎言行録」(明治25年・太田天亮著)に以下のように記されています。

「彦斎人となり白皙精悍、眼光人を射る、躯短にして歯出ず。人に接する、あたかも婦人のごとし」

この記述によると、彦斎は「色白で小柄」な体格をしており「女性のように穏やか」に他人に接する性格であったとされています。

この辺りは緋村剣心のイメージと近いものが感じ取れますね。

しかし、彦斎の内面には「人を斬る」ことに躊躇しない冷酷な一面もあったようです。彦斎の人斬りとしての本領は、多くのエピソードや伝説を通じて知られています。

勝海舟が語った河上彦斎の人物像

幕臣の勝海舟と河上彦斎は一時期交流があったようです。明治維新後、海舟は彦斎の恐ろしさについて次のように述べています。

「河上(彦斎)というのは、それはひどい奴さ。恐くて恐くてならなかったよ(略)。あまり多く殺すから、ある日わしはそう言った。『あなたのように多く殺しては、実にかわいそうではありませんか』と言うと、『ははあ、あなたはご存じですか』と言うから、『それはわかっています』と言うと、落ち着き払ってね。『それはあなたいけません。あなたの畑に作ったナスやキュウリは、どうなさいます。いい加減の時にちぎって、たくあんにでもおつけなさるでしょう。あいつらはそれと同じことです。どうせあれこれと言うて聞かせてはだめです。早くちぎってしまうのが一番です。あいつらはいくら殺したからといって、何でもありません』と言うのよ」(『海舟座談』)

これをわかりやすく要約すると、

「彦斎は本当に恐ろしい人物だった。彼は人を殺すことに何のためらいもない。ある日私は彼に『そんなに多くの人を殺すのは、本当にかわいそうではないか』と言った。すると彦斎は、『人を殺すことは、野菜を収穫するのと同じだ。野菜を収穫するように、人も早く殺すのがベストだ』と返してきた」

大体、この様な内容になります。

このような彦斎の冷酷な考え方には、海舟も驚きと恐怖を感じていたようですね。

河上彦斎の生涯と緋村剣心の影響

河上彦斎の生涯は、多くの波乱や転機を含んでいます。彼は、明治政府にとって邪魔な存在となり、最終的には政府によって処刑されてしまうこととなります。

彼の生涯やその死は、緋村剣心の物語にどのような影響を与えたのでしょうか。

  • 明治政府と河上彦斎の対立
  • 河上彦斎の運命は志々雄真実とリンクする

明治政府と河上彦斎の対立

明治政府は徳川幕府を倒して新しい時代を築き始め、国を開放する「開国」へと進んでいました。

しかし、その中で彦斎は変わらずに外国を排除する「尊王攘夷」の考えを持っていたため、明治政府からは徐々に邪魔者とみなされるようになってしまいます。

最終的に1871年12月4日、彦斎は明治政府への反逆の疑いで不当に捕らえられて処刑。38歳で命を終えることとなりました。

河上彦斎の運命は志々雄真実とリンクする


緋村剣心のモデルは河上彦斎と言われていますが、彦斎の生涯や運命は、緋村剣心以外のキャラクターの背景や物語の進行に影響を与えていることがわかります。

味方であったはずの明治政府に裏切られて処分される、という運命は「るろうに剣心」のキャラクターの一人である「志々雄真実」の物語に影響を与えていると言っていいでしょう。

結び:緋村剣心のモデル|河上彦斎

  • 「るろうに剣心」の主人公、緋村剣心のモデルは実在の人物、河上彦斎である
  • 河上彦斎は幕末に活躍した肥後熊本藩士で「人斬り彦斎」の異名を持つ
  • 彦斎の容姿は色白で小柄、女性のように穏やかに他人に接する性格
  • 彦斎は勝海舟との交流があり、彼の残酷さについて語られている
  • 人を野菜と同じように考え、平然と人を斬る性格を持つ
  • 明治政府から彦斎は邪魔な存在とみなされて処刑される
  • 彦斎の死の結末は「るろうに剣心」のキャラクター、志々雄真実の悲劇に影響を与えている
  • 彦斎は尊王攘夷思想を持ち、その信念のもとで剣を振るっていた

たびノート📔~幕末~

柴隊士
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